ミニマルおじさんのブログ

最近はミニマリストというよりかは、シンプルに丁寧に生きたいおじさん。

みんながみんなあの部屋を目指さなくていいはず


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お久しぶりです。ミニマルおじさんです。

 

さてと、その昔、落語協会分裂騒動ってのがあったんです。この騒動のwikiから拝借しますと、「当時の会長5代目柳家小さんらが行った真打大量昇進に対して、前会長で最高顧問の6代目三遊亭圓生がこれに反発する形で落語協会を脱退して新団体の落語三遊協会を設立した事件」のことなんです。

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%25E8%2590%25BD%25E8%25AA%259E%25E5%258D%2594%25E4%25BC%259A%25E5%2588%2586%25E8%25A3%2582%25E9%25A8%2592%25E5%258B%2595

 

おじさん一時期の騒動がとても興味深く色々文献読み漁ってたんだけど、まあ今回はちょっとそいつは置いといて。

 

で、この騒動。きっかけは5代目小さんが色々あって、当時二つ目だった落語家さんを大量に真打したってことなんだけど、ではなぜ、6代目圓生が激おこしたのか?

 

それは、真打に対して、両者で考え方に違いがあったからなんです。

 

あ、ここでチョットお詫び。申し訳ないですが、前座、二つ目、真打とかそういうのの説明省きます。もし興味があれば、もう一つの協会、落語芸術協会のサイトに落語家さんの階級についてまとめたページがあったのでそちらをご覧ください。

 

落語家の階級 - 落語ってなに? - 落語はじめの一歩|落語芸術協会

 

さて、5代目小さんと6代目圓生それぞれの考え方を、これまた例によって、Wikiから引用してみます。

 

5代目小さん→「(一人前の落語家としての)真打はスタートライン」

6代目圓生→「真打は落語家の最終目標である」

 

さて、ここまでの話を踏まえてみて、ミニマリストについて、ちょっと考えてみましょうか?

 

ミニマリストはスタートラインなのか?最終目標なのか?真打に対して5代目小さん、6代目圓生がそうであったように人それぞれの考えがあると思うし、それでいいと思うのだけど、ミニマリストに関しては、僕はスタートラインでいいんじゃないかと思う。

 

さらにいうと5代目小さんは「(一人前の落語家としての)真打はスタートライン」とのことだけど、ことミニマリストに関しては僕は完全に必要最低限のモノだけにしてからがスタートラインでなくてもいいんじゃないかとすら思う。

 

どういう経緯か知らないが、本とかブログとかでミニマリストについて知り「ミニマリストになりたい!」と思いました。これがミニマリスト見習いで、そこから一つモノを捨てるなりのアクションを起こした時点でもうミニマリスト名乗ってよくないだろうか?

 

ミニマリストを最終目標として、その目標に到達したとて、結局生活は続くわけだから、だったらさっさと名乗ってしまって、そこからどういうミニマリスト余生を楽しんだ方が楽しいと思うのだけどいかがかしら?

 

ほんと件名の通りなんだよなぁ。所謂ミニマリスト部屋あるじゃん?がらーんとしたあの部屋。色々考えた上であれに辿り着くなら分かるんだけど、どこかでみたあの部屋にならなくては!は違うじゃない?だって、定義が違うから。がらーんとしたあの部屋に住んでいる人達だけがミニマリストではないでしょ?

 

きっかけがなんだったかは忘れちゃいましたが、こんなことを最近考えてたりします。みんな違ってみんないいのになって。みんながみんなミニマリスト、次のテーマは習慣!とかにならんかてよくない?

 

そんな感じ。

 

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